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高松高等裁判所 平成9年(ラ)40号 決定

抗告人 大村栄一郎

右法定代理人親権者母 大村三枝子

主文

原審判を取り消す。

抗告人の名「栄一郎」を「光栄」と変更することを許可する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二  記録及び当審における抗告人本人及び抗告人法定代理人親権者母の審問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  抗告人(昭和57年11月29日生)は、母方祖父沖本秀治が曹洞宗○○寺の住職であり、檀家から信頼され、社会福祉に貢献していることなどを見て、自分も僧侶になろうと決意し、平成8年12月26日、曹洞宗○△寺住職である母方叔父沖本光雄の従弟として得度を受け、僧名「光栄」として曹洞宗僧籍簿に登録され、得度式は、同日、○○寺において、○△寺就職や檀家が集まって行われた。なお、曹洞宗僧侶教師分限規程によれば、10歳から得度が受けられること、僧名は、原則として漢字2字にすることが定められている。

2  曹洞宗においては、得度した後、曹洞宗立の高校及び大学へ進学し、その後総本山永平寺で1ないし2年間本格的な修行を行うが、学生の間は、学業の合間にできる範囲で宗教活動を行うのが普通であるところ、現在中学3年の抗告人は、曹洞宗立の高校へ進学するための準備をしており、宗教活動としては、毎朝登校前に座褝を組み、朝のお務めをし、夏休みには、師匠の沖本光雄の手伝いとして、御施食会や棚行(檀家を回って経を読むこと)をしている。その際、抗告人は、頭髪を剃り、檀家の人に対しては、「光栄」と名乗っている。

3  曹洞宗宗務庁教学部長○○○○も抗告人の改名を希望している。

三  以上の事実に基づき検討するに、抗告人の僧侶になる意思は強く、学業の合間に宗教活動も実践し、僧名を使用したこともあることから、抗告人は、今後も僧侶の道を進むであろうことが推認される。確かに、抗告人は、現在中学3年生であり、将来において進路の希望が変更されることがないとは言えないが、抗告人の名を「光栄」と変更することが、抗告人の切望する進路の実現に資することになり、抗告人の今後の生活に有益であること、他方、抗告人の改名が他の者に対し格別の不利益や弊害を及ぼすとは考えられないことを考慮すると、本件名の変更については、戸籍法107条の2に定める正当な事由があるものと判断される。

四  よって、本件抗告は理由があるので、家事審判規則19条2項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 豊永多門 大泉一夫)

(別紙)

申立ての趣旨

松山家庭裁判所平成9年(家)第70号名の変更許可申立事件の平成9年3月21日付け「本件申立てを却下する」との審判は、これを取り消し、本件を松山家庭裁判所に差し戻すとの裁判を求めます。

申立ての実情

1 曹洞宗(以下宗門という)において、僧籍を取得する(得度という)場合、出家制度をとっております。出家するということは、それまで育った家を出て、師匠(師僧)に就いて、お釈迦様より歴代祖師を経て伝わる仏祖正伝菩薩戒を受けることをいいます。しかしながら、宗門では明治5年太政官布告による「自今以後肉食妻帯髷髪等勝手たるべきこと」との達示により、現実は世襲制をとっている寺院が大部分―74.3%(昭和60年宗勢総合調査=曹洞宗宗務庁刊)であります。とは言え、あくまでも出家するということに何ら変わりがなく、現実には父親である師僧より、前述の戒律を受けることになります。そこで僧名について説明を致しますが、父親である師僧がわが子を出生した時、将来僧侶になった時を思い、また後継者として育ってくれることを願い、さらにはかく修行してほしいと仏教的あるいは宗教的意味あいを鑑みて名前(俗名=戸籍上の名前)をつけることが考えられます。この場合は、僧侶としての名前(僧名)と俗名は同一であることが考えられますが、特に僧名を別に付与する場合もあります。一方、在家(寺院以外の家)に生まれ、何らかのきっかけにより、師僧とめぐり合い、出家を決意した場合、多分にある事例として、『曹洞○○右衛門』であるとか、『曹洞○』(名前一文字)といった戸籍上の名前が僧侶としては、著しく不都合である場合があります。(規則上=曹洞宗僧侶教師分限規程第9条第3項に漢字2字)この場合は、師僧が僧名を付与することになります。僧名は一般に亡くなった方につけられる戒名にも通じ、僧名は生前に戒名を授かっているともいえます。改名添書交付については、僧侶としてある一定期間の修行や儀式が済めば住職になることが考えられます。この場合、宗門から住職任命の辞令が本人宛送付されます。これと同時に代表役員就任届・曹洞宗関係規程の抜粋が送られ、本人はこれと合わせて、印鑑証明・住民票等を法務局へ持参し、ご周知のとおり、代表役員登記を行うこととなります。ここで戸籍上の名前と住職任命辞令(僧名にて交付)が相違する場合が考えられ、登記することが不可能なこととなります。そこで戸籍上の名前を僧名と同一にすることが必要となり、曹洞宗代表役員名において、改名添書を発行し、宗教法人「曹洞宗」が名前の変更に必要があることを証明しています。以上が宗門における僧名についての関連する事情であります。本人の固い決意により得度式を済ませたにもかかわらず、正式に僧名が使用できない現状は誠に不都合であります。以上のようなことから、師僧の弟子に対する思いやりを鑑み、改名することが望ましいと思われますのでよろしくご配慮いただけます様お願い致します。

2 以上の事実は社会生活上、宗教活動(修行)上、多大の支障をきたし、改名の正当事由に当たり、申立てを却下した原審判は不当です。

3 よって、抗告の趣旨どおりの裁判を求めるため、即時抗告の申立てをします。

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